那覇市議会議員 
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資料室

これまでの話8

2015年06月07日

「どうすれば2013年、中村圭介は選挙で勝てるのか?」というテーマで会議が始まりました。
たしか最初は栄町でM氏のイベントの打ち上げか何かで、私の選挙の話になったのです。
その場に居合わせたH氏はじめ5,6人でお酒を飲みながら「本気なのか?」「何をするんだ?」
酒の肴に始まった話が、徐々に熱を帯びて真剣なやりとりになりました。

その後、近所の喫茶店に集まって3度ほど会議をした後、
「選挙の手法を今考えても仕方がない」たしか、そういう結論に達したのでした。
私が何をするのか、何を訴え、何を変えるのか、一生の仕事のテーマをどうするのか。
会議で決めることではありませんので、それからしばらく間が開きました。

仕事を辞める日が迫ってきた2012年11月、H氏とM氏にお願いして、会議を再開しました。
その頃にはM氏は東京におり、ウェブ上での会議になりましたが、顔を見て話すと
ごまかしがきかないので、私もとことん自分と向き合う時間になります。
考えたことをメモとしてテキストに起こして共有し、両氏からコメントをもらいながら
思考を具体的な文章にしていきます。そして会議の議事録を基に、課題を持って日常に帰る。
2週間に一度のペースで会議をくり返し、名刺やHPに載せる文言をはじめ、その後の政治活動の
スタイルについても話し合いました。

振り返ってみると2009年から決めていたことは「市民参画」と「静かな選挙運動」でした。

学生時代に地域活性化協力隊という任意団体のNPOで活動する中で、自分達の問題を自分達で
解決することができる地域の力であったり、仕組みを作ることが今後の那覇に大事だと考えていました。
自治会の加入者が増えない、という地域力の衰退のような状況と、まちづくりに関わるNPOが増えて
いろんな活動をしたいと考える人が増えたとしても、その受け皿となる地域との接点が増えなければ
市民の力が上手く生かせないまま「理解してもらえない」「必要なかったのかも」と諦めて活動する
人が減るというのは避けたいわけです。

そもそも自治会に全ての地域活動を担わせるべきなのか?というところは当時から話題になって
いましたから「新しい枠組み」のようなものを考える上でも、多様な主体がそれぞれに「何かしたい」
と考えるような状況をつくる必要があります。それには情報提供が欠かせません。「あなたの住むまち
の現状はこうですよ!」ということが伝わって初めて現状への疑問が湧き、解決へ向けた話し合いが
できるようになります。

「制度として話し合いの場がある」ということと「そこに積極的に関わりたいと思う市民がいる」の両方
が揃って、那覇の課題が発見され、解決されていくと考えていました。その延長に行政への関わり
(政策提言や事業化)も加われば理想的だと考えたわけです。

Category:ヒストリー

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