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沖縄少年会館に贈られた福沢一郎作品についてのトークイベントに参加しました

福沢一郎展についてのトークイベントを見にいきました。

今日の話の前に、展示会の話から。 先月の3日から8日まで那覇市民ギャラリーで開催された福沢一郎展。 私も見に行きました。那覇市が管理する市民ギャラリーではありますが、 市が企画して展示会をするのは珍しいことで、しかも久茂地公民館の 前身である沖縄少年会館に寄贈された絵画の展示ということで 見ておきたいと思ったのです。 展示を見ながら学芸員さんにいろいろお話を聞くことができ、那覇の 美術行政といいますかそういうこともうかがい知ることができました。

福沢一郎さんについては知識がない状態でありましたので、単純に 眺めて楽しんでおりました。風景画のようで近づいたら原人とな! って感じがとても面白いと思いました。それが30点以上並んでる わけですからぐるぐる回って好みの絵を探したりしていました。

さて、そのあと、美術批評家であり沖縄県立芸術大学准教授の 土屋誠一さんが主宰する現代アート研究会・沖縄にて展示会を担当 した学芸員の久田さんをお招きして展示会についての理解を深めよう と、今回の企画が開催されたようです。

会の中では、沖縄少年会館に寄贈された経緯を屋良朝苗氏の日誌 などをはじめとした調査資料から推察し、福沢一郎さんの絵がどうして 沖縄にやってきたのかをひも解いていきました。 と同時に、そうしたシュールレアリスムの大家の作品がなぜ沖縄では、 那覇では埋もれたままになってしまっていたのか、について当時の 復帰を希求した運動と福沢一郎さんの画歴の変遷、美術界での光の 当たり方などを交えて検討されていきました。その話の展開が推理小説 みたいで面白かったし、遠いような近いような復帰前の話について、 政治と民俗学、美術までつながったお話は素晴らしいものでした。

土屋さんの解説によると、日本の高度成長の中でルーツ探しが行われた 時代背景にあって群像を描き人間の「生存様態」とも言うべきものに着目 して描かれた作家の転換期の作品群であるとのこと。 作品の説明だけでいろいろ想像して感動して泣きそうになりました。 そういう話に弱いんだよなぁ。

作品群としての価値もさることながら、沖縄に来るまで、そしてその後の 扱いを含めた文脈、そうした歴史を背負わせた新たな作品の役割を考えると、 那覇市が収蔵している意義というものを反省しながら未来へつないでいく 責任があると考えました。

展示会だけではわからない貴重なお話を聴けてよかったです。 そして今回の件で那覇市は博物館だけではなくて美術についても力を入れて いく必要があると強く感じました。美術館はないけれども、作品は300260点ほど 所有しているそうですから、眠らせておくのはもったいない。 時代の影響を強く受ける分野である美術について、素晴らしい作品であること に加えそれぞれの背景を偲ぶことができるようなの知識の蓄積と、保管・修繕、 さらに企画展開催などを考えれば非常勤の学芸員が一人というのは危険です。 市長の政治姿勢である「つなぐ」前に「記す」残すということをしなければ つながっていきません。次代につなぐためにも、今回掘り起こされた歴史とその 象徴となってしまった(という表現が適切なのかはわかりませんが)作品群の発見 を契機に那覇の美術行政の盛り上がりを期待したいですね。

追記:那覇市が所有する作品は260点ほどでした。お詫び申しあげ訂正いたします。(3月5日14:14)

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